東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)159号
原告
大成化工株式会社
右代表者代表取締役
首藤博美
原告
大成特殊チューブ株式会社
右代表者代表取締役
首藤健治
原告
大成特殊硝子株式会社
右代表者代表取締役
首藤博美
右三名訴訟代理人弁護士
飯島久雄
被告
中央労働委員会
右代表者会長
石川吉右衞門
右指定代理人
川口實
同
高田正昭
同
佐藤久信
同
窪田修
被告補助参加人
全国一般労働組合大阪府本部
右代表者執行委員長
田所穣
右訴訟代理人弁護士
西枝攻
同
斉藤真行
同
松井忠義
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、中労委昭和五八年(不再)第六四号事件について、昭和五九年一〇月一七日付けで発した命令を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件命令の成立
大阪府地方労働委員会は、補助参加人組合を申立人、原告会社らを被申立人とする同委員会昭和五八年(不)第三九号事件について、原告会社らが、補助参加人組合が同年五月三〇日付け要求書記載事項について申し入れた団体交渉に応じていないのは不当労働行為であるとして、同年一二月八日付けで「被申立人らは、申立人の昭和五八年五月三〇日付け要求書記載事項について、申立人と誠意をもって、速やかに団体交渉を行わなければならない。」との命令を発した。
被告委員会は、この命令に対して原告会社らが再審査申立てをした中労委昭和五八年(不再)第六四号事件について、昭和五九年一〇月一七日付けで、別紙(略)のとおり再審査申立てを棄却するとの命令(以下「本件命令」という。)を発し、同月三〇日、その命令書の写しを原告会社らに交付した。
2 本件命令の違法
本件命令には、次のとおり事実を誤認し、法律上の判断を誤った違法がある。
本件命令は、補助参加人組合(以下「組合」という。)の下部組織である大成分会の「分会長の澤田浩平らは森営業部長らとの話合いを続けるため、タクシーの発車を阻止しようとして、タクシー前部に立ちはだかったため労使間にいさかいが生じ」、真鍋総務部長が転倒した(以下、これを「本件転倒事件」という。)と認定しただけで、真鍋総務部長がだれによって転倒させられたかについては何ら触れるところがない。しかし、真鍋総務部長は、澤田分会長あるいは支援の組合員である内藤豊次によって転倒させられたもので、自ら転倒したものではない。また、仮に本件転倒事件がだれによって引き起こされたのかが不明であるとしても、少なくとも組合が動員し指揮した組合員によってされたことは明白である。
このように、本件転倒事件の責任が組合にあることは明らかであるから、原告会社らは、組合に対して謝罪を求めるとともに、今後二度とこのような不祥事を繰り返さない旨の誓約を要求したのである。そして、原告会社らは、もともと積極的に団体交渉の席に就いており、今後も組合が謝罪し秩序ある交渉を保証しさえすれば何時でも団体交渉に応じると言っているのであるから、組合が原告会社らの要求に応じない以上、本件の団体交渉拒否には正当な理由があるというべきである。
3 なお、本件命令の認定事実に対する認否は、次のとおりである。
本件命令書理由第1の1の事実は認める。
同第1の2について、(1)及び(2)の事実は認める。(3)のうち「その時、分会長の澤田浩平らは森営業部長らとの話合いを続けるため、タクシーの発車を阻止しようとして、タクシー前部に立ちはだかったため労使間にいさかいが生じ」との部分は否認し、その余の事実は認める。
同第1の3の事実は認める。
4 よって、原告らは、本件命令の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実は認める。
2 同第2項の事実は否認する。本件命令は適法な行政処分であり、処分理由は別紙命令書に記載のとおりであって、被告の認定した事実及び判断に誤りはない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因第1項(本件命令の成立)の事実は、当事者間に争いがない。
また、本件命令が認定した事実(別紙命令書理由第1)については、1(当事者)の事実、2(団体交渉拒否に至る経緯)の(1)及び(2)の各事実、同(3)のうち「その時、分会長の澤田浩平らは森営業部長らとの話合いを続けるため、タクシーの発車を阻止しようとして、タクシー前部に立ちはだかったため労使間にいさかいが生じ」との部分を除くその余の事実並びに3(本件団体交渉拒否について)の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件転倒事件の原因について
原告らは、本件転倒事件の責任が組合にあるから、組合に対して謝罪を求め、今後このような不祥事を繰り返さない旨の誓約を要求したのに、組合がこれに応じないため団体交渉を拒否しているのであって、団体交渉拒否には正当な理由があると主張している。そこで、本件の主たる争点は、本件転倒事件がどのようにして生起したかという事実の問題であるということができる。ところが、原告会社らがこの点について主張、立証するところは、時を追って次のとおり変遷を重ねている。
1 成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、昭和五八年六月一〇日付けの「会社ニュース第二号」の中で「最後にタクシーに乗ろうとした真鍋部の長が、これを乗せまいとする組合員らによって後ろから襟、肩、腕、腰を引っ張られてあおむけに転倒」、「真相は以上のとおりであり、この事は、大勢の人が目撃しておるので、間違いありません」と記載していることが認められる。この記載によれば、原告会社らは、本件転倒事件の直後において、事件を目撃した者の話などに基づき、真鍋総務部長が複数の組合員らによって転倒させられたものと把握していたものと考えることができる。
2 成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、初審の大阪府地方労働委員会に提出した同年六月二八日付け答弁書及び同年七月一八日付け準備書面において「真鍋部長が乗車しようとした時、タクシーを囲んでいた組合員のうち数人の者に背後から襟、肩、腕、腰をつかまえて引っ張られ、あおむけに路上に転倒させられた」旨を主張したことが認められる。これは、右の「会社ニュース」の記載と同旨のものと理解することができる。
3 ところが、成立に争いがない(証拠略)によると、初審の同年八月一〇日及び三〇日の審問において、証人として出頭した真鍋総務部長は「タクシーに乗車しようとして一歩か二歩歩みかけて右足が少し浮いたときに、右後方から強い力で腰と右上腕部を引っ張られ、振り回されて後方に横転した。多分、一人の力の強い人に引っ張られた。答弁書に数人の者に引っ張られたとあるのは間違いである」旨を供述し、その一人については「名前は言えない。名前を言えない理由は言えない。目撃証人がいる。目撃者の人数も名前も言えない。それは順次明らかになっていくから今は言えない」旨を繰り返し述べるだけであったことが認められる。
4 そして、成立に争いがない(証拠略)によれば、初審の同年九月二〇日の審問に目撃証人として出頭した小笠原雄志(原告大成特殊硝子株式会社製造課長代理)は「タクシーの左後部ドアの少し後ろから見ていると、真鍋総務部長が少し頭を下げて乗車しようとする状態のときに、背後に一〇人くらいいた人垣の中から一人が飛び出してきて、真鍋総務部長の右肩のあたりを右手で持って後ろへ引っ張っていった。真鍋総務部長は、引っ張られてその人垣の中に段々沈み込むような形で姿が見えなくなった。倒れた瞬間は人垣の中にいて全然見えなかった。引っ張ったのは、坊主頭に近い五分刈りの髪で、黒っぽく見える上着を着ていて、真鍋総務部長とそう変わらない体格の良い人で、かなり太い腕だった。直感的にそれは澤田分会長であると思った」旨供述し、真鍋総務部長の供述を裏付けるとともに、真鍋総務部長を引っ張ったのは澤田分会長であることを明らかにしたことが認められる。
5 更に、成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、初審において、同年八月二六日付けの森仁(原告大成特殊チューブ株式会社製造部長)の報告書を提出したが、それには「タクシーの助手席に座っていたが、真鍋総務部長の後ろ側にがっしりした体格の男がいて、真鍋総務部長の腰部を持って私の方から見て右側に振り回すのが見えた。次の瞬間、真鍋総務部長は腰から崩れるようにして倒れていった。真鍋総務部長が倒れてから後ろの男がよく見えたが、それは、紺色の上着を着たがっちりした体格の澤田分会長であった」旨の記載があることが認められる。そして、成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、証拠説明として、森仁はタクシー前部座席(助手席)に座っていて「極めて明確に状況を観察し得る位置にいた」旨を説明していることが認められる。
6 成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、初審に提出した同年一〇月一二日付けの最終陳述書において「真鍋総務部長は、澤田分会長から腰と右上腕部をつかまれて後ろに引っ張られ、振り回されて転倒させられた」旨、右各証拠に符合させた主張をしていることが認められる。
7 成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、被告委員会の再審査手続において提出した昭和五九年二月四日付け準備書面では、初審時と同様に「真鍋総務部長は、タクシー前部席へ乗ろうとして頭を下げようとした瞬間、澤田分会長に背後からつかまれ、引っ張られて、タクシーから二メートル横に離れた位置に転倒させられた」旨主張していたこと、ところが、同年六月二〇日付けの準備書面では「その後、真鍋総務部長を引っ張ったのは澤田分会長ではなく、支援の組合員であるA(特に名を秘す)であることが判明した」として、その旨主張を変更したことが認められる。
8 そして、成立に争いがない(証拠略)によれば、真鍋総務部長は、同年六月二八日の被告委員会での審問において証人として出頭し、「タクシーに乗ろうとしたとき、何人かにもたれていたような気もするが、一瞬、比較的力の強い人に引っ張られて転倒した。引っ張られて転倒する間に人の足を踏んだ気はするが、正確には覚えていない。再審査の段階になって内々にいろいろ調べたら、実は事件を目撃した者がいるということが出てきた。それによれば、引っ張ったのはAだと分かった。Aの名前ははっきりしているが、必要がないから言わない。Aと分かった後も、小笠原や森仁に対して、引っ張って転倒させたのが澤田分会長ではなかったことについて確認はしていない」旨供述したことが認められる。
9 また、成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、変更後の主張にそう証拠として、「ある組合員が真鍋総務部長を引っ張っているのを見た」旨の記載がある同年六月四日付けの前田好成及び肥田正幸(いずれも原告大成化工株式会社の従業員で大成分会の分会員であったが、その後脱退した者)の各報告書並びに「地域支援のAさん(通称おじいちゃん)が真鍋総務部長の左腕を引っ張っているのが目に入った。右腕も二人くらいが引っ張っていたが、だれかは分からなかった」旨の記載がある同年六月一日付けの松本鐵男(原告大成化工株式会社の従業員で大成分会公然化当時の分会書記長であったが、その後脱退した者)の報告書を被告委員会に提出したことが認められる。
10 成立に争いがない(証拠略)によれば、原告会社らは、被告委員会に提出した同年八月三一日付けの最終陳述書において「澤田分会長が全く手を掛けていないとは言い切れない状況は残る。しかし、三人目の目撃者談等を総合すると立証がより容易であると考え、Aに立証の主眼を置いた」旨を主張したことが認められる。
11 そして、本件訴訟において、原告会社らは、昭和六〇年二月一日付け準備書面によりAとは内藤豊次であると明らかにしたうえで請求原因第2項のとおり主張し、その申請にかかる証人松本鐵男及び肥田正幸は、同人らの前記各報告書の記載と同旨の証言をした。
以上のとおり、本件転倒事件の原因について原告会社らの主張、立証が変遷している。事件当時の現場の混乱状況によってはある程度の主張の変更や証言等の食い違いは考えられないでもないが、原告会社らは、事件直後から目撃者がいるとして複数の組合員により真鍋総務部長が転倒させられた旨を公言し、初審時においては真鍋総務部長の供述をもとにその転倒は一人の者によるものと主張を変更し、しかも、直近に位置して明確に目撃した証人として原告会社らの役付職員である小笠原雄志や森仁を挙げ、その具体性に富む内容の供述や報告書により、その一人とは澤田分会長であると特定したのである。ところが、再審査の段階に至ると、その後判明したとの理由で他の目撃者を挙げ、その供述に合わせて、真鍋総務部長を転倒させたのは澤田分会長でなくAであると主張を変更したが、それにもかかわらず、小笠原や森仁の目撃したとするところとの矛盾については特に触れるところがなく、これを放置したままで、その真相を明らかにするよう努力した形跡もうかがえないのである。そして、Aがだれであるかについても、再審査の段階において明らかにすることなく、本件訴訟に至ってようやく内藤豊次であることを明らかにしたのであり、このような変遷の経緯には合理性も見られず、原告会社らの主張、立証活動は全く不可解という外はない。
次に、本件転倒事件の被害者とされる真鍋総務部長の初審及び再審査における供述の内容は前記3及び8に記載のとおりであるが、その供述の態度をみると、初審では、加害者の氏名並びに目撃証人の人数及び氏名を明らかにすることを拒み、これらを明らかにすることができない理由をも説明することを拒み、再審査においても、加害者はAであることが分かったとしながらもそのAの氏名を明らかにすることを拒み、いずれも何ら明確な理由もなく証言を拒絶する態度に終始しており、極めて不誠実な供述態度といわざるを得ない。真鍋総務部長は、本件転倒事件の被害者であるのみならず、原告会社三社の取締役であり、原告大成化工株式会社の総務部長であって、本件団体交渉拒否についての原告会社らの責任者の地位にあるだけに、右の供述態度の不誠実さは不可解であり、同人の初審及び再審査における供述は信用性に乏しいといわなければならない。
更に、原告会社らが初審、再審査及び本件訴訟において本件転倒事件の原因について提出した証拠で真鍋総務部長の供述以外のものについて検討すると、これらの証拠の内容はいずれも原告会社らの前記のような主張の変遷につれて、その当時の主張と合致するものであるが、当然のことながらその内容は相互に矛盾対立しており、そのいずれが信用できるものであるか、にわかに断定することはできない。また、成立に争いがない乙第六号証中の服部信一郎の供述により本件転倒事件発生直後の状況を撮影した写真であると認められる乙第四二号証の三枚目ないし六枚目の写真及び前掲乙第九号証中の小笠原雄志の供述により同様の状況を撮影した写真であると認められる乙第四三号証の五枚目ないし七枚目の写真並びに乙第六号証中の服部信一郎の供述及び乙第九号証中の小笠原雄志の供述によれば、真鍋総務部長は転倒後道路上に横向きになったまま身動きをせず、救急車が来るまで終始首を持ち上げて足を右手で押さえている状況であったこと、これに対し組合側は真鍋総務部長が自分で転倒したとの指摘をしていたが、原告会社ら側は原告大成化工株式会社の植田総務課長が真鍋総務部長の近くに寄り救急車を呼ぶかどうかを尋ねただけで、組合側の言動に対し反論することもなく、真鍋総務部長を助け起こそうとすることもなく、ただ状況を見守っているにすぎなかったことが認められ、真鍋総務部長が真実組合側の者から暴行を受けて転倒したとするには、かなり不自然な状況にあったものといわなければならないし、当時救急車を呼ばなければならない状況にあったかどうかについても疑問が残るのである。
以上のような点を考え合わせると、本件転倒事件の原因が大成分会の分会員又はその支援の組合員の暴行であると断定することはできない。そして、他に本件転倒事件の原因について原告らの主張を認めるに足りる証拠は存在しない。
三 本件団体交渉拒否の正当性について
団体交渉その他労使間の交渉の場において暴力行為が許されてはならないことは、労働組合法一条二項の規定をまつまでもなく当然のことである。したがって、使用者側に対してこのような行為が行われるに至った場合には、事態が改善されて正常な秩序ある団体交渉をすることができるようになるまで、使用者において団体交渉を拒否することには正当な理由があるものということができる。しかし、不幸にしてこのような事態が生じた場合であっても、労使双方において、事態を改善し、新たに整然とした団体交渉のルールを確立して、正常な秩序ある団体交渉を開催し得るよう努力すべきこともまた当然の事理であって、このような努力を怠り、いたずらに相手方に対して謝罪を求めるだけで、長期間にわたり一切の団体交渉を拒否するというのも、使用者の対応として相当ではないといわなければならない。そしてこの理は、当該行為発生の経緯、原因、態様などからみて労働者側のみに責めを負わせるのが相当でない場合であるとか、その原因、内容などが判然としないため労使のいずれが責めを負うべきかが不明であるというような場合には、より一層強く妥当するものというべきである。
これを本件についてみると、本件転倒事件の原因は前記のとおり明確ではないといわざるを得ないにもかかわらず、原告会社らは、これは組合側によって引き起こされたものであり、その責任は組合側にあるとして謝罪と誓約を要求し、組合がこれに応じない限り一切の団体交渉を拒否するとの態度を固守しているというのである。本件転倒事件の当日には原告会社らと組合との間の労使関係が未熟な段階における混乱状況があり、この混乱が生じた過程においては問題がないとはいえない組合側の行動も見受けられはするが、この点を考慮に入れても、右のような原告会社らの対応は相当性を欠くものという外はなく、原告会社らが団体交渉を拒否することについて正当な理由があるものとは認められない。
四 そうすると、原告会社らは正当な理由なく団体交渉を拒否したものといわなければならないから、原告会社らの行為を不当労働行為と認め、これに対して団体交渉に応ずべきことを命じた本件命令に所論の違法はない。
よって、原告らの本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 片山良廣 裁判官 星野隆宏)